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釈迦に説法

「こんなことを私がmoogさんに言うのも釈迦に説法ではございますが。。。」と言われたんですよ。昨日。

慣用句って他にも色々ありますが、この「釈迦に説法」についてはいくつか感じることがあります。

まず、普通の会話の流れの中で突如としてあわられる「釈迦」という言葉の違和感。
「釈迦」ですよ、「釈迦」。「神さま」くらいなら日常会話に登場することもありますが。
「神さま」なんかとは比べ物にならないくらい出現頻度の低い言葉です。釈迦って。日常生活では。

そして、相手が「しゃかに」まで口に出した瞬間、次の言葉は「説法ではございますが。。。」にほぼ99%限定されます。
そう、百人一首で言えば"4枚札"です。
「しゃか」までであれば、まだ相手が何を言うかわかりません。この時点では、釈迦という単語の出現頻度を考えると、「擬音語の"しゃかしゃか"」の可能性のほうがむしろ高いかも知れません。
ちょうど、百人一首で、「わたのはら」まででは、候補は2枚あり、その次に「や」か「こ」が発声されるかで、はじめてどちらの札が確定する、それと似ています。

さて「釈迦に」で「釈迦に説法」というフレーズが来ることが分かると今度は、「今、自分が釈迦に喩えられている」という事実に人はみな愕然とします。
「釈迦」ですよ、「釈迦」。仏教の開祖である「釈迦」。
孔子や、ソクラテスや、キリストと並び、四聖人と呼ばれる「釈迦」。
日ごろ、会社に行き、上司が馬鹿だと愚痴をこぼし、小さなことで悩んでいる、この私が釈迦に喩えられているという事実。
この事実に気づいたとき、人は変な汗をかきながら、妙に力が入ってしまうのです。

そう考えると慣用句って面白かったりします。
ただし、この釈迦に説法もそうですが、現代の生活習慣にはなじまなくなってしまったけれど、慣用句として残っているものは使う際に、十分注意したほうがよさそうです。

相手が若いとまず慣用句の意味を理解してもらえませんし、また下手に格好をつけて、釈迦に説法というべきところ、「馬の耳に念仏ではございますが。。。」なんて言ったら目もあてられませんから。

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  1. 2005/03/05(土) 23:52:19|
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