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いわしのつみれ汁とだったり。

目覚ましテレビのコーナーで、「今日の占いカウントダウン」ってのがある。
朝の7時57分頃、ちょうどとくだねの直前のコーナーだ。今日の運勢を星座別に、良い順番から発表していくのだ。最後の星座がその日最も運勢の悪い星座いうことになるわけだけど、一応最下位の星座には今日のラッキーアイテムの提示がある。
このあたりなんともご都合主義というか良くできてはいる。
で、この前、朝ジムで走りながらなんとなくこの占いを見ていたら、天秤座かなんかが最下位。で、アナウンサー曰く、
「でも大丈夫。そんなあなたのラッキーアイテムは。。。『いわしのつみれ汁』でーす」
朝の8時にこんなSuggestionされて、無事、いわしのつみれ汁にありつけた天秤座人がどれだけいるのか?
ここまで凝った「ラッキーアイテム」が許されるならそのうち
「白河高原清流豚のロースト、エシャレット添え」
「1980年代のビンテージのPatagonia マウンテンパーカー」
なんかがさらっと提示される日も近いような気がする。

土曜日は町田辺りに繰り出して、喫茶店で勉強してた。一応日曜日にPMPの試験が控えていたし。PMPってのはProject Management Professionalで要はプロマネの資格だ。ま、民間の団体がやってるもんで法的なものではない。
試験自体の合格率は60%くらいらしいが、受験するのに5万近くかかったりするので記念受験組がほとんどいないので、難しいという言い方もできるかも知れない。
ま、結局受かったんだけどここに至るまでが結構大変だった。

それは例えば、受験申請だったり、監査だったり、受験資格を得るための教育受講だったりするわけで、申請に際しては所定のプロマネ経験を英語で申告したり、所定の教育35時間の受講が義務づけられてたり、その手の教育もただではないので自分で金払って受けるわけだけど、おまけにテキストPMBOKとかって呼ばれるけど、これがむちゃくちゃ分厚くてぱっと見て戦意を喪失する代物で。
申請して後はテスト受けるだけ、あ、テストってのはCBT(Computer Based Training)ですぐに結果が分かるやつなんだけど、テストに行く前に運悪く一定の割合で実施される監査にあたってしまい、大学の卒業証明やら、教育受講の証明やら、プロジェクトに実際に携わった事の証明とか、提出したりしてなんだか大変だった。

で、書いてて思ったけど、最近「~だったり、~だったり」っていう言い回しが乱用されすぎてる気がする。
映画のみどころを聞かれたアイドルが、
「とにかく感動します。それは例えば主人公の生き方だったり、母親の力強さだったり、田舎の素朴な暮らしだったり。。。」
という場面など。

最初聞いてなんか変だなーと思っていたら、最近やたらとこのフレーズを耳にする気がする。
不快さの原因を自分なりに考えてみると、この「だったり連呼パターン」では文章がきちんと終わらないケースが多くて気持悪い。上の例でも「暮らしだったり。。。」で終わることが圧倒的に多い。

あとはだったりとだったりの間の各フレーズにあんまり因果関係というか関連がなくて、単に事実をつなげて言ってみましたってだけで中身がないからだと思う。上の例だと単に「主人公の生き方」「母親の力強さ」「田舎の素朴な暮らし」ってのを「だったり」という接着剤でくっつけてるだけで、実際は何も語ってない、語っていないにも関わらずとりあえず話している時間だけは稼げるので、聞いてる方はなんだかたくさんしゃべってくれたように勘違いしてしまう。そこがなんだ気持悪い。

最後にこれは本当に主観の問題なのだけど、この「だったり連呼パターン」が出てくるケースでは、たいてい、話し手が「上から目線」なのも気になる。これはきっと背後に
「お前ら素人には分からんだろうけど、こういう種々の事情があるんだよ、わかったかい?」
というような知ってるものの優越感が多分に含まれているからだと思う。でこういう場合は大抵、「それは例えば、」だなんてもったいぶったセリフで始まっていたりしてそういうところがさらにイラっとくる。

そう考えてこの日記を読み返してみると、前段で
「それは例えば、受験申請だったり、」
とあったりして、本当になんだかとてつもなく上から目線に見えたりする。

まあ、お前ら素人には分からんだろうけど、PMP受験の背後にはいろいろな事情があるってことだよ。わかった?
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  1. 2007/11/21(水) 00:08:39|
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セーラー服と同窓会

同窓会に行ってきた。
高校の同窓会なので15年ぶりか。
実は夏に関西で同様の催しがあって、僕はなんだかちょっと居心地が悪くて
今回、関東でも実施されるって案内を受け取って正直どうしようかと思ってたんだけども、なんとなく時間もあったんで参加することにした。

今回はひとりでぼーっとしててもいいかと開き直って臨んだのだけどそれが良かったみたいで意外に楽しめた。といっても本当ならいろんな業種の人と話したりすればいいところ、ほとんど水泳部で一緒だった連中と話してたけど。

で、同窓会ってテーマの日記にありがちな、何のひねりもない、どうしようもない、もう死んじゃえばいいのにってくらい陳腐な感想だけど、やっぱりみんないろんな人生を歩んできてて。。。やっぱやめた、とにかくいろいろ感じるところがあった。

そのなかでも独身か既婚かってのが会話の軸として大きな役割を持ってたってのは事実で、まあこれは年齢を考えればある意味当たり前か。
僕は人並みには恋愛して、コスプレプレイも堪能して、二股なんかもして、セックスした人数を途中まで数えてたりして、ほんとクズみたいな人間なので今更結婚とか独身だとか言われても正直あんまりぴんと来ないっていうか、もう一時の寂しさや性欲を満たすために誰かとつきあったりするっていうなんていうかある意味パワフルな欲望というのは持ち合わせていなくて、だから結婚ときいてもほとんど実感がない。

だけど未婚女性の中には結構切実なスタンスで話しをしている人がいて、それが高校時代、それなりに男子から人気のあった女の子だからびっくりした。この子も大学時代にセーラ服なんかを着て彼氏とプレイに興じていれば今頃もうちょっと落ち着いてるだろうにと、本当に余計なお世話なのは重々承知なんだけど思ったりして。

ひょっとすると20代では何か別に打ち込んだものがあって全然その時は男に興味がなかったんだろうな。きっと。
僕が「あ、じゃあ今度飯でも食いに行こうよ」と言ったら、「そっちのおごりなら行ってあげるわよ」と言われちゃった。真顔で。
別におごるのはいい。これが5つ年下の女の子から言われるなら別に気にならない。本当におごってほしいのか、単なる照れ隠しなのか、そんなのは問題ではない。
しかし10数年ぶりにあう、Over30の女の子から言われるとちょっと面食らう。もう世の中平成ですよ。昭和じゃないんだよ。メロンパンにはメロンが入ってないんだよ。
飯くらい普通に行っとけよ。いや行く気がなくても「うん行こう」と言っておくのが淑女のたしなみではないのか。
しかし考えてみると、淑女としての品格を身につけているか、そうでないかの分水嶺が、若いときにセーラー服を着てセックスをしたかどうかというのはなんという皮肉!セーラー服でのセックスというのがどうも淑女という単語に結びつかないではないか。













  1. 2007/11/15(木) 01:53:32|
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