Happy KARATE

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バレンタインデーに語られるうんちく

うんざり。
バレンタインデーそのものはいいんだけど、その時誰かが必ず(毎年「必ず」だ)口にする、
「外国ではね、男性が女性にプレゼントを贈るんだってね」
ってうんちく。
今日も朝ワイドショーでインタビューに答えてた女子高生が言ってたけども、毎年毎年、飽きもせずに同じ知識を披露しつづけられるもんだ。
僕はは今年33。おかげさまである程度の分別はつくようになりました。
だから毎年誰かがそういこと言えば2回目くらいには流石に
「ああ、アメリカ等では男性が女性にプレゼントを贈る日なんだな」
と、しっかりと鮮明に理解できるし記憶もしておける。
いや、正確にいえば僕が16歳のとき既にこの知識は僕の心の中に根をおろしていたし
僕だけでなく世の男性の大半は既に知っているに違いないのだ。なのに、まるで大発見をしたかのように「外国では~」と毎年毎年誰かがどこかで言っているのは何故なんだ?
そんなことをいうやつはクリスマスには必ず七面鳥を食ってほしい。男友達に道で出くわしたら必ずほおずりをしてほしい。
このなんていうか面倒くさい感じ、例えるなら、毎年一回誰かさんに
「あのね、moog、月曜日の次は火曜日なんだよ」
と教えられるくらいどーでもいい。

だいたいだから何だと言うのだ?
それを男に言ってどういうアクションを期待しているのか?
「そうだね。何買ってほしい?」
と聞き返される事を期待してるのか。
「わかった。君からのチョコレートは受け取らないよ」
と言ってほしいのか。
あるいは単に「チョコをあげる時の照れ隠し」もしくは「チョコをあげない口実」なのだとしたら、それこそこんなうんちくなど披露しない方がよっぽど気持ちがよい。

あとこの手のうんちくでうんざりなのが
「あのね。日本のバレンタインデーってのは、チョコレート会社がプロモーションのために仕掛けたんだってね」
ってやつ。この辺はどのカレンダーにもデフォルトで印刷しておいてほしいものだ。



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  1. 2007/02/14(水) 00:46:16|
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お湯がとまらない

思いも寄らない事が起きて、それに対処する様を描写するのって、この手の日記の定番のパターンだと思う。

今日、朝起きて、外出前にシャワーを浴びていたとき。
お湯を止めて、お風呂から出ようとしたら、蛇口が動かない。
うちは混合栓ではないので、青色の水の蛇口、赤色のお湯の蛇口ってのがあるんだけども、
赤い蛇口がまったく動かない。
お湯を止める方向だけでなく、出す方向にも動かない。
蛇口って毎日一度は触っているもので、それが動かなくなる事は予想外。

「あ、よりによってお湯かよ。せめて水だったら。。。」
「いや、水でもお湯でも一緒かぁ。あ、でもお湯のほうがガス代かかるよな」
「ちょっとまて、うち確か夜間電力でお湯を湧かしておくタイプだよな。じゃあ、ガス代じゃなくて電気代だな」
「しかし参った。全然動かない。このまま放置するってのはありかな?」
「夜間にお湯をつくってタンクに貯めてるんだから、出しっ放しで出かけたら、お湯がなくなっちゃうな」
「そもそも、お湯がタンクからなくなるとかより、資源が無駄じゃんこれ」
「でもどうせ資源が無駄だったら、お湯じゃなくて水のがよかったよな。お湯は電気もくうからさ」
「しかしこれ、業者さん呼ばないと直らないのかな。いやだなー、俺、今裸じゃん」
「あ、そっか。業者さんくる時は服きて待ってればいいんだよな」
「いや、にしたって、業者さんくるまでお湯出しっ放しってのはまずいよなやっぱり」
「これ、大家さんにいって元から止めてもらえる事はできるかな?」

結局、5分ほど悪戦苦闘してなんとかお湯を止める事ができたのだけれど、人間、思いもよらない事がおきると、本当にどうでもいいことを考えたりするものだと思う。
毎日暮らしていると、こんな日記の定番ネタみたいな出来事があったりもするのだ。
  1. 2007/02/13(火) 00:31:37|
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密室内の自己顕示

変な話ではあるが、うんこはつくづくラッキーだと思う。
うんこってただの排泄物のくせして、「うんこ」とか「うんち」とか可愛らしい愛称がある。
食事中に
「ちょっと大便してくる」
「ちょっと糞してくるわ」
というのは、完全なマナー違反で、最低の行為だが、
「ちょっとうんこ行ってくる」
と言っても、案外笑って許してもらえる、そんな雰囲気がある。
小便にも「おしっこ」という呼び名があるが、「うんこ」や「うんち」の優美な響きには遠く及ばない。

鼻くそとかになるともう悲惨。とくに親しみのもてるニックネームがあるわけではなく、「鼻くそ」と無防備に呼ばれるだけである。
お笑い芸人でたまに「鼻くそ」とか言って果敢にも笑いをとりにいこうとする輩がいるが、なんだか生々しすぎてたいていの場合、見ているこちらが引いてしまう。
同じ「くそ」由来なんだから、いっそのこと「鼻うんこ」という愛称を与えて次回改訂版の広辞苑あたりに載せればよいのにと思う。「鼻くそ」と野ざらしに呼ばれるよりはずいぶんましな気がするじゃないか。

さて、今日はそのうんこと鼻くその話なんだけれど、会社のトイレでうんこをすることがある。1日2回はする。
で、最近気づいた事。女性のトイレには当たり前だが入った事がないし、これが女性のトイレにも当てはまるのかはよく分からないのだけど、トイレでうんこをしているとき、4回に1回くらいの割合で、デカイ鼻くそが扉や横の壁になすりつけられているのに気づく。
決まってでかい鼻くそである。
だいたい、最高の汚物処理デバイスの上にすわって、もりもりうんこを処理している最中に、どうして鼻くそをそんなところになすりつける必要があるのか。理解に苦しむ。
紙も便器もあるシチュエーションで、どうして便器に流すことを思いつかないのか?
考えてもみてほしい。場所は会社の便器である。
小学校じゃないんだ。
うんこしているやつはそれこそ30代以上の連中ばかりだ。どうして鼻くそを?(戸田奈津子風)

うんこをするのは生理現象だから仕方がないけども、鼻くそをほじりだすのは能動的意思をもって行う行為だ。まさか「便意」ならぬ「鼻くそ意」を催す人がいて、自然に鼻くそを排泄する人がいるとは思えない。
百歩譲ってそれを鼻の穴から取り出したとして、どうしてそれをドアになすり付ける必要があるのか?なんのために?メリットは何もないはずだ。
きっとあれは「こんなでかい獲物がとれた」というアピールなのだ。でなければ説明がつかない。何のためにトイレという密室でそこまで自己の存在を誇示しようとするのかよく分からないが。

それほど自分の存在を知らしめたいなら、いっそのこと、むんずと便器のなかのうんこをつかんでドアになすりつければいいのだ。これ以上の自己顕示はないだろう。
汚い? いい歳こいた大人が、鼻くそをドアになすりつけてるという現実に目を向けるがよい。本質は大して変わるまい。
それこそ目くそ鼻くそだ。








  1. 2007/02/09(金) 07:06:25|
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  4. コメント:2
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